逃げちゃダメか?

仕事「だけ」をするのが社会人なのか?

無職のよっこいです。

働いている人は凄いです。偉いです。尊敬します。社会人生活から離れてから改めて感じます。

しかし、そんな思いを根底からひっくり返すような出来事があったのでここに綴ろうと思います。

 

きっかけは自宅前の建築工事

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家の前の道路を挟んだ向かいは畑なのだが、そこを更地にして家を建てることになった。

しばらく家の前がわちゃわちゃして、騒音でうるさくなるなぁと思いつつも、こればかりは仕方ない。数ヶ月の辛抱である。

 

神対応の社長

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始めに来た基礎工事の業者はすごく対応がよかった。社長も作業員の、町の小さな会社である。不在の時に工事始めの挨拶に来てたようで、ポストにあった工事の案内には、手書きで連絡先と「挨拶に来ましたが不在でした」の文言が書かれていて、粗品のタオルまで入っていた。

 

工事が始まってからも、社長や作業員がいつも挨拶してくれて、工事はうるさかったが不快には感じなかった。すごくいい業者さんだなぁと思った。

 

人として終わってる土方

 

家が建った後、水道管を地中に通すために、家の前の道路を掘る業者が来たのだが、これが最悪のクズ集団だった。

 

突然のここ掘れワンワン

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重機でガンガン掘るもんだから家が直下型地震のように揺れ続ける。音もえげつない。

それは仕方ないのだが、何の挨拶もなく、予告もなしに突然掘り始めるのである。事前に日程が分かっていれば、心の準備もできるし、外出して避難することだってできる。もしこれが夜勤終わりだったらと思うとゾッとする。

ここで不信感を抱いた。

 

素知らぬ顔で通行妨害

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家の前の道路は車1台半ほどしかない。そこでトラックを停めて作業するものだから、車は通れなくなる。ガレージから家の車を出すこともできない。

 

トラックを停めて作業するのは仕方ない。それを責める気はない。

ある日、廃品回収のトラックが来たので玄関を出て古新聞などを置いて待機していた。が、工事のトラックがどくまで5分ほど外で待たされた。人を外で待たせて、それを見ていないはずがないのに、作業員皆ガン無視だった

 

廃品回収の運転手は当てつけのようにわざと急発進急ブレーキをして見せていたが、それでも無視である。せめて「すんませんなぁ」のひと言くらいあってしかるべきではないのか。さらに不信感が募る。

 

通行止め看板を倒れたまま放置

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極め付きがこれである。2回目の道路掘削工事で通行止めにはしていたものの、ガードマン配置は午前中だけ。その後は無人で看板が倒れてもほったらかし。

 

その結果、通行止めの道に生協のトラックやデイサービスの送迎車が進入してしまい、立ち往生の末にUターンを余儀なくされる状況になっていた。近隣の迷惑の範囲がどんどん広まる。

 

2回目の掘削工事も当日の朝に急に知らされた。(ピンポン鳴らすだけまだ進歩してるが) 以前に母に「明日か明後日くらいに門の前掘ります」と伝えてから1週間以上経っていた。もう会社自体がおかしい。舐め腐っている。もう我慢できない。

 

任務だけをこなせばいいのか?

 

働いて稼ぐのは素晴らしいことである。勤労の義務はあるが、自由に働けなくなった今、仕事をすることの素晴らしさを改めて感じている。

しかし、ただ仕事「だけ」をすればそれでいいのだろうか? 社会人である前に、人としてダメなんじゃないかと業者に対して思っている。好印象の土建屋を見ているだけに尚更である。

 

一言「ごめんね」と言う。これしか僕は求めていない。幼稚園児でもできるはずだが、組織として誰一人しない。そんな会社はさっさと潰れてどうぞ。

 

 

「こんな社会人にはならない」と決意した瞬間であった。